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前橋地方裁判所高崎支部 昭和46年(ワ)194号 判決

原告 有限会社横田材木店

被告 坂木重雄

主文

一  原告の第一次請求を棄却する。

二  被告は原告に対し一〇二万五四七〇円およびこれに対する昭和四五年九月二四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

主文第二、三項同旨の判決ならびに仮執行の宣言

(被告)

請求棄却、訴訟費用原告負担

第二主張

一  請求の原因

1  原告は木材ならびに林産物の製材および加工販売業者である。

2  原告は、有限会社浅見建設なる名称で(実際には右会社の登記はなされていない。)建築、土木請負業を経営する被告に対し、昭和四四年頃から同四五年九月二三日までの間継続して木材等を販売し、同日現在で別紙売掛一覧表記載のとおり一六九万九四〇五円の売掛金債権を取得した。

3  よつて、右売掛金残高一〇二万五四七〇円(六七万三九三五円は被告から弁済を受けた。)とこれに対する弁済期後の同四五年九月二四日から完済まで商事法定利率の割合による損害金の支払を求める。

4  仮に被告主張のように本件木材等の買主が浅見俊次であるとするならば、原告は次のように予備的主張をする。すなわち、被告は右浅見が有限会社浅見建設なる名称で個人として建築、土木請負業を行うにつき、その営業主である代表取締役の地位に自己の名称を付すことを許諾した。そして被告は右肩書を印刷した名刺を使用し、右浅見の取引先に対し自己が営業の渉外面を担当しているような態度を示したため、原告は被告を営業主と誤認して本件取引をしたのである。したがつて被告は右浅見と連帯して前記金額支払の責を負うべきである。

二  請求原因の認否と抗弁

1  請求原因1及び2記載の事実は否認する(被告が売掛金の一部を弁済した事実も同様である。)。本件木材等を買受けたのは浅見俊次である。

2  同4記載の氏名使用許諾の事実及び原告が被告を営業主と誤認した事実は否認する。被告が使用を許諾したのは有限会社浅見建設の代表者としての被告の名前であるから、浅見俊次個人に自己の氏名使用を許したことにはならない。

3  仮に名板貸が成立するとしても、原告には被告を営業主と誤認したことにつき過失があるから被告は支払義務を負わない。すなわち、建設業者は登録制であり、浅見建設こと浅見俊次は建設業法により登録している業者であり、同人方玄関には建設業者登録票が明示されているから、原告が被告を浅見建設の代表者と誤認したのであれば過失があることは明らかである。

三  抗弁の認否

否認

第三証拠〈省略〉

理由

一  証人横田俊雄の証言によれば請求原因1記載の事実を認めることができる。

二  本件全証拠によるも請求原因2記載の事実を適確に認めることはできない。よつて原告の主たる請求は理由がない。

三  そこで名義使用許諾に基く予備的請求について判断する。

1  原告が浅見俊次との間で、請求原因2記載の本件木材売買取引をした事実は予備的請求の関係では当事者間に争がない。

2  被告本人尋問の結果により浅見俊次が作成し後に被告がこれを追認したと認められる甲第一号証、同尋問の結果により成立を認める乙第一号証、同第一一ないし第二一号証に証人佐藤高義、同緑野輝一、同横田俊雄の各証言、被告本人尋問の結果(証人横田、被告本人については後記措信しない部分を除く)を総合すると、以下の事実を認めることができる。すなわち、(イ)浅見俊次は昭和四三年頃ないしはそれ以前から浅見建設なる名称で個人で建設業を営んでいた。(ロ)右営業は同人とその妻の二人が従事する小規模なものであつたが、同人は経営が経済的に行き詰り仕入先から材料出荷を停止されたりしたので資産のある者を役員に迎えて右営業を有限会社組織とすることを考え、二、三の知人を勧誘したが同人の素行悪く信用がないため断られた。そこで同人は農業を営む被告に対し、出来るものなら有限会社としたいから名前だけを貸してくれるよう依頼したところ、被告はこれを承諾し、同人がうまく考えるからまかせろというのを容認した。(ハ)浅見俊次は有限会社の設立手続はしないで、有限会社浅見建設代表取締役なる肩書きのついた被告名義の名刺を作成し、昭和四五年春頃従前の仕入先で当時取引を拒絶されていた製材業佐藤高義に対し、此度有限会社をつくり被告が重役になつたので大丈夫だからと取引の再開を求め、従来から浅見建設の事務所としていた浅見の自宅において被告を紹介したところ、被告は取引をはじめたいのでよろしくと挨拶したので、佐藤は被告の資力を信用して取引再開に応じた。(ニ)浅見はその頃原告に対しても被告が有限会社浅見建設の代表者であると話し、自らは有限会社浅見建設取締役の肩書入りの名刺を原告に対し交付したりしていたところ、被告は同年三月頃自宅の建築を浅見に依頼し、その為に使用する材木を原告から購入しようとしたのであるが、その際浅見から前記代表取締役の名刺一〇〇枚位を見せられ、これを持つて行けば安くなるといわれたので、原告方を訪れた折うち一枚を提示して有限会社浅見建設の代表者であるかの如く振舞い材木を購入した。(ホ)なお浅見は前記事務所に被告用の机を設け、営業に使用する自動車や取引先に配布するカレンダー、工事現場の看板などに有限会社浅見建設の名称を記入使用していた。しかし、右以外には同人の営業は特に従前と変るところはなく、同人は同年三月以降も建築依頼主に対しては浅見建設浅見俊次名義の領収証を発行し、融資先の大生相互銀行からは同人名義で手形貸付を受けていた。(ヘ)そして原告は有限会社浅見建設が実在し、被告がその代表者であると誤信して浅見と取引を継続し、他方被告は有限会社設立の手続がなされたか否かも知らずにいたが、浅見が失跡した後右会社の設立登記がなされていないことが明らかとなつた。

右認定に反する証人横田俊雄及び被告本人の各供述部分は措信せず、甲第二号証の一及び二の(有)浅見建設殿の記載も右認定を覆すに足らず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

3  右認定の事実を総合すると、被告は遅くとも昭和四五年三月頃有限会社浅見建設の代表者として自己の氏名を使用することを浅見俊次に許容し、浅見はそれ以後原告を含む仕入関係取引先との取引に際し、実在しない有限会社浅見建設の名義を使用していた事実を推認することができる。

4  ところで、原告は被告が浅見俊次個人の営業につき自己の名義を貸与したと主張し、被告は有限会社浅見建設の代表者としての使用許諾であり個人営業に対する名義貸に当らないと争うので判断する。ここにおける問題は、ある人が他人に対しその他人がする営業を有限会社組織とするに際し自己の氏名を代表者として使用することを許諾したのに、他人が有限会社の設立手続をしないで或は設立手続が完了する以前に、有限会社名義で取引をした場合、有限会社の実在並びにある人がその代表者であることを誤認して他人と取引をした者に対するある人の責任如何、ということである。この場合、有限会社の設立登記がないことから直ちに右の氏名使用許諾を個人営業に対する名義貸とみることは名義貸人の意図に反し妥当ではないであろう。そして、商法二三条は他人の営業につき自己名義の使用を許したため、自己が営業の主体であるかの如き外観を作出した者の責任を定めた規定であるところ、有限会社の代表者として自己の氏名の使用を許諾することは、自己が営業主体である如き外観を作出するものとは言い難い。けだし、この場合営業の主体となるのは有限会社であつて代表者個人ではないからである。氏名使用許諾者を会社代表者と誤認して取引をする者も彼を営業主体と誤認するものではない。

他方、右許諾者の予期に反して有限会社が設立されず、実質的な営業主体である被許諾者が許諾者名義を使用して実在しない会社の代表者として取引をした場合には、右営業者は民法一一七条の類推適用により個人として相手方の選択に従い履行または損害賠償の責に任ずべきものと解すべきであるが(この点につき最判昭和三三年一〇月二四日民集一二・一四・三二二八が参考となる。)、かかる場合に直ちに許諾者が右営業者と連帯して右債務を負担するものと解することもまた妥当ではない。けだし、民法一一七条は存在しない代理権をこれありと誤認した者を保護するための規定であつて、同条の義務の存在根拠は行為者が無権代理行為をしたことにあるからである。勿論かかる場合にも許諾者の責任を認めれば、相手方の保護は一層厚くなるであろう。しかし、反面無権代理行為につき認識を欠く許諾者の立場を考慮する必要もある。通常有限会社の代表者名義を貸すことにより予想される不利益は有限会社法三〇条の三に代表されるような責任であるのに、この場合は営業上の債務すべてが個人の負担となり、許諾者の予期に反する苛酷な結果となるからである。

したがつて、氏名使用許諾者の責任を肯定できるのは、その氏名使用許諾が個人営業に対する氏名使用許諾と同視できる事情のある場合に限られると解するのが相当である。すなわち、会社代表者としての氏名使用を許諾した場合でも、その会社の実体が他人の個人企業に他ならず、会社は全くの形骸にすぎない場合であつて、許諾者が許諾の当時その事情を知悉していた場合には、会社すなわち他人個人にほかならないのであるから、会社代表者としての名義使用を許諾した者はすなわち営業主としての名義使用を許諾したものといえる。この場合に会社が存在しなければ、許諾者は被許諾者が前記のように民法一一七条により負う債務を同人と連帯して負担すべきである。

本件において右の理を判断するに、前認定の事実から浅見の意図した会社は仮に設立されたとしてもいわゆる泡沫会社であつて法人としての実体を認められないものであり、被告もまたこれを知悉しながら氏名の使用を許諾した事実を推認することができる。そして、原告は本訴において被告が浅見と連帯して負担する契約責任を追求するものであるから、結局被告が浅見個人の営業について名義貸をした旨の原告の主張は理由があることになる。

5  すすんで過失の抗弁について考える。取引の相手方は商法二三条の責任を追及するには善意・無重過失で足りるが、民法一一七条においては善意・無過失であることを要する。ところで、被告は原告の過失の論拠として建設業者登録票の掲示の事実を挙げるところ、右の事実は前記乙第一号証、証人佐藤高義の証言により認められるが、前認定のとおり被告の氏名使用許諾の以前から浅見俊次が個人として営業をしていた本件にあつては、当時からの登録票の掲示が残つていたとしてもこれを認識し得たことをもつて原告に過失ありとすることはできず、他に抗弁事実を認めるに足る証拠はない。

6  以上の次第であるから、被告は昭和四五年四月以降の原告・浅見間の取引について浅見と連帯して債務を負うべきところ、証人横田俊雄の証言により成立を認める甲第二号証の一ないし三、同第三号証、同第四号証の一ないし四、同第五号証の一ないし三及び同証人の証言によれば、原告は浅見に対し同年三月末日現在で五八万四一五円の売掛金を有していたが、同年四月以降九月までの取引により一九四万九四〇五円相当の商品を売渡したこと、取引の終了した同年九月二三日現在で一六九万九四〇五円の、同年一一月三〇日現在で一〇二万五四七〇円の債権を有することを認め得る。そして継続的取引における債務の弁済は特段の事情のない限り債務発生の時間的順序に従つて充当されるものと推認されるから、右債権はすべて同年四月以降の取引により発生したものと認められる。結局原告の予備的請求は理由がある。

四  よつて原告の第一次請求を棄却し、予備的請求を認容し、民訴法九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

別紙 売掛一覧表〈省略〉

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